第6回公演 全幕(日本語訳詞上演) オペラプロジェクト3
スタッフ 芸術監督・制作総括 ・・・・・大津 佐知子
キャスト オットカール(ボヘミアの領主) Bass ガレリア座管弦楽団
上演に寄せて~夢と現の狭間に遊んで~ 月曜日。朝、8時19分。車の往来もそこそこの靖国通りにカラスの一群が東京都指定のごみ袋をつついて朝の食事をとっている。吐く息は白い。信号待ち。古ぼけたお気に入りのえんじのコート一枚では、さすがに寒い。そう言やあ、先週末、上司から言われてまだやってなかった仕事があったっけ。たまんない。きっついよなぁ。土日、めいっぱい練習だったし、日曜の夜、飲み、入っちゃったもんなあ。あっ、はようざいまーす。えっ、大丈夫っすよ。寝ませんよ、職場じゃ。仕事師ですから、へへ。え? あ、あれ、まだなんすけど。いえいえ。すぐやります。朝、一番。 練習明け、月曜の朝、私たちは彷徨うように眠い目をこすりながら、夢の世界から日常の現実へと復帰していきます。つい数時間前まで、「魔弾」の舞台となる中世ドイツの深い森を創り上げようと、熱く必死になって練習していたのがまるで嘘のように。どうしてそんなに真剣になってオペラをやっているのかな、と、思う瞬間がたしかにあります。週末くらいゆっくり休めばいいのに、週末ほどへとへとになって、ふらふら職場や学校へ戻ってゆく。音楽が、舞台が好きだから。もちろん。本番の緊張感と、お客様から拍手をいただいた時の充実感。まったく。練習後や本番後のあのビールのうまさが忘れられなくて。へへへ、それもね。 メンバーそれぞれがいろんな楽しみ方をしてるはずです。でもみんなが事あるごとに口にする決まり文句は、「そう、ガレリアにいると時間が経つのが早いよね。ついこの間の本番が、ずっと前のような気がするもん」。これを聞くたびに私は思いを強くするのです。夢と現、みんなが、その二つのまったく違った世界で、それぞれに充実した時間を生きられる悦び。オペラをやることは、苦労にもまして得られるその悦びに尽きるんじゃないか、って。 週末と平日、そんな夢と現の往復をやって、三年半。ガレリア座の公演も、おかげさまで6回を数えることとなりました。 歌手と合唱、オーケストラはもちろん、バレエから事務方まで、オペラに必要なすべてのソフト(人材)をアマチュアだけでという、私たちの考えが受け入れられたのか、珍しがられたのか、やっぱりあの一杯がたまんないのか(って何度も言ってますけど左党やアル中の集団じゃありません、念のため)、メンバーも100名を越える大所帯になりました。もちろん実力ではプロの足元にも及ばないながら、それぞれのセクションがお互いの息を感じ、オペラ劇場ならではのアンサンブルを作ることを最高の目標に、そして何よりやってる自分たちが楽しむことを最大の悦びに舞台を作ってきました。 そして今回は、あってよいことか、出来たてほやほや、注目度いっぱいの東京国際フォーラムへの出演です。 いや、大変なことになりました、市民参加ったって、ホントに市民しかいないんですから。経験もしたことのないような、これほどまでの大舞台。果たしてうまくいくものか。それこそ夢と現のバランスを崩し、関係各方面にご迷惑続出もあったことでしょう。 遊びじゃ済まない、でも遊びたい。真剣に。夢の世界で。 そんな社会の不適格者の私たちを温かく見守って下さっている友人、同僚のみなさん。また不出来な私たちの舞台を、「面白いっ!」と言って応援してくださっているガレリアファンのみなさま。そして今日たまたま素人の余興を見に足を向けてくださった心優しいお客様。そのすべての方々に感謝の気持ちを込めて、今日は精一杯、演じたいと思います。 —夢と現の狭間に遊んで— 本日は、ご来場ありがとうございました。 ・・・・・ガレリア座主宰 八木原 良貴
あらすじ 3幕からなるオペラ
第1幕 三十年戦争の時代、村人たちの素朴な信仰に守られたボヘミアの一地方。安らかな賛美歌調の序奏に始まる序曲は、やがて激しく善悪の葛藤に翻弄される物語を暗示する。 領主の山野を預かる森林監督官クーノーには、当代随一の狩りの名手マックスという弟子がいた。老クーノーはかねてから娘のアガーテと恋仲であるこのマックスに家督を譲ろうと考えていたが、最近彼の射撃の腕は鈍るばかり。今日は田舎農夫のキリアンにまで敗れる始末である。この思いがけない出来事に湧く村人たちの歓声とともに幕が開く。 代々伝えられている掟で森林監督官の後を継ぐ者が必ず受けねばならない「御前射撃試験」は明日に迫っていた。この試験にまつわる「魔弾」の伝説を知った村人たちは、神の加護を信じて正々堂々運命に立ち向かえとマックスを励ますが、その中で一人不気味な誘惑の言葉を口走る男カスパール。彼はひそかに魂を悪魔に売り、クーノーの信頼とアガーテの愛を勝ち取ったマックスへの復讐を企んでいた。 マックスは自信に満ちていた日々を回想しつつ、今や得体の知れない力で破滅へ引きずり込まれていく予感に一人おののく(アリア『森から森へと〜天に見放されて』)。そんな彼を背後で操る悪魔ザミエルの影。神を呼ぶマックスの叫びに悪魔は姿を消すが、代わって現われたカスパールは退廃的な戯れ歌まじりにマックスに酒を盛り(リート『この世のことなど』)、魔弾を込めた銃を握らせて背信の象徴である大きな黒いイヌワシを撃ち落させる。 明日の勝利を得るには「魔弾」の力を借りるほかないとそそのかされたマックスは、ついに悪魔の巣窟「狼谷」での再会を約束して去る。カスパールは新しい生贄を捧げる契約を悪魔ザミエルと結び、おのが復讐の成就を確信して高らかに歌う(アリア『誰にも言うな』)。
第2幕 一方、マックスの帰りを待つアガーテは次々に起こる不吉な前兆に不安を募らせていた。今はただ森の隠者に授かった聖なる白バラにすがる彼女を、陽気な従妹エンヒェンが元気づける(アリエッタ『りりしい姿の粋な若者』)。 マックスへのあふれる思いを歌うアガーテの名アリア『くるおしい面影』につづいて、戻ったマックスは息つく間もなく狼谷へ向かおうとする。必死で止める二人とそれをふりきるマックスの三重唱。 舞台は一転して悪魔ザミエルの支配する「狼谷」へ。カスパールの呪文で次第に数を増す幻影、刻一刻と地獄の様相を呈していく場面を管弦楽のみで表現するこのメロドラマは、当オペラきっての聴きどころの一つである。やがて大嵐の中、カスパールの絶叫とともにザミエルが姿を現し、マックスはついに魔弾を手に入れる。
第3幕 翌朝マックスは魔弾のおかげでふたたび見事な射撃を示す。アガーテは昨晩の不吉な夢をふりはらうように敬虔な祈りを捧げ(カヴァティーナ『雲にけぶる空にも』)、エンヒェンもまた精一杯のはなむけの歌を贈る(アリア『お嫁にゆく人には』)。 森の広場では『狩人の合唱』が村の英雄誕生への期待を盛りあげ、いよいよ射撃試験が始まろうとしていた。マックスの手に残るのは魔弾の最後の7発目。領主オットカールの命じた標的は、彼方を舞い飛ぶ白い鳩だったが、引き金を引いた瞬間、白鳩の前に転がりでたのはなんと花嫁姿のアガーテだった。 くずおれた花嫁を前に慄然とする村人たち。しかし、白バラに守られたアガーテはやがて無傷で息を吹きかえす。ザミエルへの生贄として魔弾に倒れたのは物陰にひそむカスパールだった。悪魔との賭けに敗れたカスパールは呪いの言葉を放って絶命し、観念したマックスは事の次第を正直に告白する。 領主は彼に追放の刑を言い渡すが、折しも聖なる森の隠者が現れ、愛ゆえの弱さを裁くより、無為な賭けにすぎない射撃試験の廃止をこそと命じる。領主も慈愛に満ちたこの裁きを受け容れ、一同喜びのうちに天を仰ぎ神を讃えて幕となる。 |